テクスト研究学会

Japan Society of Text Studies

 

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テクスト研究学会第23回大会プログラム

※プログラムのPDF版はこちらからご覧になることができます。 

日時:2023(令和5)年8月25日(金)10時00分~17時45分(受付 9:30から)
会場:京都女子大学 Y校舎2階 Y201教室(控室:Y202教室)

〒605-8501 京都市東山区今熊野北日吉町35   Tel. 075-531-7030(代)
アクセス:京阪「清水五条」駅・「七条」駅から徒歩約15分。
    JR・近鉄「京都」駅から京都市バス(206)で「馬町」下車、徒歩5分。
    阪急「京都河原町」駅から京都市バス(207)で「馬町」下車、徒歩5分。
    プリンセスライン(https://princessline.jp/princesslinebus/)も出ています。
    ※Y校舎は、幾分奥まった場所にありますので、ご注意ください。

 
受  付:9:30~ (Y201教室付近で)
開会の辞:10:00~ (Y201教室)・・・・・ 井上 義夫(会長・一橋大学名誉教授)
◇研究発表:第一部(Y201教室)➀~③ 10:10~12:15(各発表時間:20分、質疑応答:10分)

①の司会:吉村 耕治(関西外大名誉教授)

① 10:10~ 「二重フレームのカウボーイ―『捜索者』におけるモニュメント・バレー―」

潘 雷(関西学院大学大学院生)

  
②と⑨の司会:玉井 暲(武庫川女子大学教授)

② 10:40~ 「自己同一性の獲得―「透明的性格」にみるウォルター・ペイターの時空間論―」

虹林 桜(京都大学ティーチングアシスタント)


③と⑤の司会:宮原一成(関西学院大学教授)

③ 11:15~ 「Ali Smith のHow to be Bothにおける語りと構造のダイナミズム」

中谷 紘子(武庫川女子大学非常勤講師)


④と⑥の司会:鈴木章能(長崎大学教授)

④ 11:45~ 「An Artist of the Floating World に見る「浮世」を生きる術 (Art)」

平野 牧子(大阪女学院大学非常勤講師)


 休憩(12:15~13:15)


◇研究発表:第二部(Y201教室)⑤~⑨13:15~15:55(各発表時間:20分、質疑応答:10分)
  

⑤ 13:15~ 「不真面目な二人組―マグナス・ミルズThe Restraint of Beastsの疑似カップルについて―」

戸丸 優作(江戸川大学国際交流センター助教)


⑥ 13:45~ 「シャーロット・チャークと戦略としての異性装」    

廣田 美玲(獨協医科大学専任講師)


⑦と⑧司会:井上義夫(一橋大学名誉教授)

⑦ 14:20~ 「独裁者をいかに描くか―ジョージ・スタイナーの小説における二つの演説―」   

奥畑 豊(日本女子大学准教授)


⑧ 14:50~ 「『恋する女たち』におけるロレンスのひるみ―バーキンの特異なビジョンへの確信の欠如とその余波への対処策―」      

高畑 悠介(埼玉大学准教授)


⑨ 15:25~ 「ロラン・バルトは作者に死を宣告したのか―現代テクスト理論の意義を再検討するための問い―」  

鳥飼 真人(高知県立大学准教授)

  休憩15:5516:10


◇特別講演 16:1017:25(Y201教室(講師の紹介:2分、講演:60分、質疑応答:13分)

司会:鴨川啓信(京都女子大学教授)

  16:10~17:25 特別講演:「ミュージシャンを目指すある青年の苦悩―カズオ・イシグロの草稿調査から―」

講師:荘中孝之(京都女子大学教授) 

総  会 17:30~17:40(Y201教室
閉会の辞 17:40~(Y201教室)・・・・・・・ 玉井 暲(副会長・武庫川女子大学教授)

※研究発表者・大会参加者の控室としては、Y202教室をご利用ください。
※昼食については、夏季休暇中につき学内の食堂は開いておりませんので、ご自身でご用意ください。
※問い合わせ先:テクスト研究学会事務局(E-mail: textstudies1[数字の1]2525.zaq.jp


【発表要旨】
◇研究発表要旨
①二重フレームのカウボーイ―『捜索者』におけるモニュメント・バレー―

潘 雷(関西学院大学大学院生)
  

 ジョン・フォードの西部劇を語るとき、「モニュメント・バレー」というアメリカ西部を代表する風景についての議論は看過すべきではない。そこではフォード西部劇の特徴であるロングショットが多用され、風景が十全に描かれ、人物と外部環境への葛藤が強調される。映画の風景は、単なる視覚的なスペクタクルとして存在しない。その裏には物語、登場人物との相互関係、さらに政治的、イデオロギー的なメッセージが潜んでいる。フォード西部劇のなかで量産されたモニュメント・バレーのイメージは、その風景がアメリカ西部とイコールであるという錯覚を起こさせる。例えば、スクリーンに映し出された巨大なメサは、西部の英雄伝説を語ると同時に、その土地の神話性と国家の優越性をメタフォリカルに示すだろう。
 しかしながら、1956年に公開された『捜索者』(The Searchers,1956)では、それまでの風景イメージが反転する。主人公はインディアンに誘拐された姪を救出するために、捜索の旅に出る。だが、数年間に及ぶ旅の途上、彼の背後にはつねにモニュメント・バレーが現れ、まるで彼自身がその風景に囚われているように描かれる。『捜索者』では従来の英雄伝説が変質し、モニュメント・バレーが単純な西部的な風景として現れるのではなく、主人公の心象風景と同一化する。ならば、その風景はいかに主人公の心象風景と接続するのだろうか。さらに、その風景の裏にはどのような時代的なメッセージが潜んでいるのか。そこで、本発表では、第二次世界大戦末期から冷戦初期までの歴史的なコンテクストを踏まえ、『捜索者』における二重のフレーム、つまり「男を閉じ込める」モニュメント・バレーを分析する。風景と映画がどのように結びつくのかを考察したい。


②自己同一性の獲得―「透明的性格」にみるウォルター・ペイターの時空間論―

虹林 桜(京都大学ティーチングアシスタント)

 
 本発表は、ペイターの美学における時間の基本的概念がその作品、「透明的性格」(“Diaphaneitè”)においてどのように表されているかについて考察するものである。「透明的人格」はペイター独自の自伝的ジャンルである「想像の肖像」 (imaginary portrait) の原型ともいわれており、ペイターの自己に関する考察についても知見を与えるものである。本発表では『ルネサンス』(The Renaissance)などの他作品も参照しつつ、「透明的性格」を以下の通り分析、考察する。第一に、ペイターのいう「透明な性格」 (diaphanous character)を達成するための必要条件を提示し、この性格の達成がどのような意義を持っていたかについてテクスト分析により考察する。そして「透明な性格」はペイターにとって、瞬間ごとの印象によって形成される異なる複数の自己の統一を可能にすることを示す。第二に、ペイターにおける自己の概念が彼の主観的な時間の概念と独自の密接な関連性を有していることを論じる。そのために、ペイターが瞬間ごとの感性に従って、かつての自己を外側から観察するもう一人の自己を作り上げる過程を詳細に分析、考察する。そして、ペイターにとって、ある瞬間に焦点をあてることにより分裂した自己は回想によって統一されるということを示す。
 結論として、ペイターにとって時間と自己について省察することは、その都度存在しうる複数の自己を共存させることであり、この意味において独特の自己同一性を指向していることを論じる。ペイターにとって過去は自伝的記憶の回想を通じて現在と接触を持ち、一つの自己のうちに空間的に顕現することを『ルネサンス』の「結論」における時間の概念を参照しつつ示すことで、ペイターの自己同一性に時間の概念が必然的に内包されていることを証明する。


③Ali Smith のHow to be Bothにおける語りと構造のダイナミズム

中谷 紘子(武庫川女子大学非常勤講師)

 
 2014年のThe Goldsmiths Prizeを受賞した英国現代小説家Ali Smith(1962-)のHow to be Both (2014) は、遊び心に溢れた筆致と、その実験性が讃えられている。例えばDaniel Lea が指摘するSmith作品に共通して見られる“but-ness”, “alternative perspective”, “conjunctional”(Twenty-first- century Fiction, 2017, pp. 26-28) 等の要素はもちろん健在で、一方に決めつけることに対する疑問や、生と死、男と女、過去と現在などの共存が、登場人物の会話によって直接/間接的に示唆されている。時系列で語られない同作品は、共に「第一部」と記される二部構成をとり、一方には「目」の図案が添えられ、イタリア・ルネサンス期に実在したフレスコ画家Francesco del Cossaの魂が現代に降り立ったという設定で、その目を通して一人称の物語が語られる。他方「カメラ」の図案のある章では、21世紀を生きる16歳の主人公Georgiaが母の急死と向き合う姿が描かれる。両物語は一見すると各々完結した短編小説のようだが、間テクスト性があり、Francescoは、Georgiaが母と共にイタリアで作品を鑑賞した画家であると理解できる等々、相互参照的に読める。さらに英国では両パートを入れ替えた2つの版が無作為に販売され、読者の読書体験を前提とした作品であるとわかる。
 上記のことから、同作品の読解上のポイントの一つが、2つのパートの関係性の捉え方にあると言えるが、本論では、両パートの語り手を共にGeorgiaであると解釈する。つまり「目」のパートはGeorgiaの創作物であり、「カメラ」の方は、Georgiaが自らを3人称で書いていて、彼女は語ることで癒しと成長のプロセスを達成していると考える。注目するのは視点の問題で、Georgiaの視点、母の視点、そしてFrancescoの視点を語りによってGeorgiaが手に入れようとしていることである。この際、語ることでGeorgiaはこれらの視点への異化と同化の両方を試みているという事が重要であると考える。見ること、つまり“どのように”見るかを提示する作品として捉える論考はいくつか見られる(e.g. Dilara Önen, “Constructing Reality”) ものの、これらは自らを客体化する(見られる)ことに重点は置かれていないようだ。本論ではこの点に着目しながら、Georgiaが語り直しによって視点を獲得していく様を、語りの技法として分析し、最終的にテクスト上でどのように集約されているかを明らかにしたい。


An Artist of the Floating World に見る「浮世」を生きる術 (Art)

平野 牧子(大阪女学院大学非常勤講師)

  
 Kazuo Ishiguroの長編第二作An Artist of the Floating Worldの語り手Onoは、戦前戦中に画業で功を成した自負を抱きながら戦後を生きる老画家である。社会的地位など意に介さない風を装いながらも、自身の功績を誇示せずにはいられないOnoが語るのは、親の反対を押し切り画家になり、さらに師と決別し戦争画家になることで、社会的地位と影響力を得るに至った自身の姿である。多くの先行研究は、彼を野心的で信念を貫く人物と捉えているが、本発表は、テクストの語用論的分析を通して従来のOno像を再検討し、彼の本来の気質は「野心」や「信念」とは程遠く、しかしそれが戦後の「浮世」を生きる術として作用していることを提示する。
 Ishiguroは“parochial perspective”を本作の語りに展開させようとしたと述べているが、確かにテクストからは、事物の本質を捉えられず、自負心や利己に関わるものに影響されやすいOnoの姿が立ち昇る。彼は決して強い意志を持ち自発的に行動するのではなく、むしろ他者の影響によって「押し流される」のである。Onoが画業の道へ進んだのも、絵に対する強い思いからではなく、彼の自負心を傷つけた父への反発の結果であり、戦争画家に転身したことも、その本質を見極めた上での決断ではなく、一目置く人物に自負心を刺激され、そして師匠に反発した結果だったと言える。そしてOnoが過去を回想するに至ったのも、平穏な老後という利己を左右する長女に促されてのことであった。“parochial perspective”は概して否定的に捉えられるが、そのような視野の持ち主であるOnoは、自身に向けられる辛辣な非難にさえ押しつぶされない。潮目がいつ変わるとも知れない「浮世」で生き続けるための術を、Ishiguroがいかに描いているのかを、Onoの姿を通して考察する。


不真面目な二人組―マグナス・ミルズThe Restraint of Beastsの疑似カップルについて―

戸丸 優作(江戸川大学国際交流センター助教)

 本発表はイギリスの作家マグナス・ミルズの1999年にブッカー賞最終候補となったデビュー作The Restraint of Beasts (1998)〔邦訳『フェンス』(2000)〕に登場するタムとリッチーという不思議な二人組を主な分析対象とする。この作品はフェンスを建てる仕事に従事する一人称の語り手兼主人公がタムとリッチーの二人とチームを組み、様々な現場で起こる奇妙な出来事に翻弄される様を描いている。些細なことで次々と死者が出るが、主人公たちはまるで何ごともなかったかのように死者を埋葬し、作業を続ける。このような筋書きから、多くの評者によってカフカ的悲喜劇と捉えられているが、本作品はある種の幻想小説としても読める。この作品に幻想的性格を付与している要素の一つとして、タムとリッチーが二人で一人のようなあり方をしている点を挙げることができる。フレドリック・ジェイムソンは物語作品に登場するこのような二人組を疑似カップルと名づけ、後期資本主義社会との関わりを論じている。また、ミルズ作品の喜劇的要素について考察したヒュー・マーシュはミルズ作品の反復性に着目している。本発表ではジェイムソンやマーシュの議論を援用しながら、他の疑似カップル(フローベール『ブヴァールとペキュシェ』のブヴァールとペキュシェ、ベケット『ゴドーを待ちながら』のヴラジーミルとエストラゴンなど)とミルズの二人組とを比較し、ミルズ作品における疑似カップルの特徴を析出する。その上で、疑似カップルの形象と労働・怠惰の主題との接続を図る。タムとリッチーの二人組はうだつの上がらない作業員として語り手兼主人公の監督下にあるが、なかなか言うことを聞かない。彼らが労働に対して示している態度を検討することを通じて、ミルズ作品に見られる現代の疑似カップルが表現している労働・怠惰についての思考を浮かび上がらせたいと考えている。

⑥シャーロット・チャークと戦略としての異性装

廣田 美玲(獨協医科大学専任講師)

 ヨーロッパにおいて17・18世紀は、女性の異性装の事例が増えてきた時代である。ルドルフ・M・デッカーとロッテ・C・ファン・ドゥ・ポルの共著『兵士になった女性たち―近世ヨーロッパにおける異性装の伝統』では、当時の女性が男装をする動機として、ロマンティックな動機(夫や恋人と離れることを嫌い男装して共に生きること)、愛国的な動機(戦時に兵士として母国を救うこと)、経済的な動機(貧困から逃れるため、男性のものとみなされていた職業である兵士や水夫に男装をして就いたこと)の3つを挙げている。これらの動機は、イギリスにおける女性の異性装研究が主に女性兵士や女性水夫の研究から始まっていることと呼応している。例えば、ハンナ・スネル(1723-1792)のように軍服を身にまとい軍隊へ入隊したり、アン・ボニー(1698–1782)やメアリ・リード(1695–1721)のように海賊として名を馳せた男装の女性も存在したりした。また、演劇においても女性の異性装はよく見られる現象であった。スティーヴン・オーゲルは、近代初期イギリスのシェイクスピア演劇における少年俳優が女性役を演じる女装を掘り下げたが、17世紀末頃に女優が登場すると、女性役は少年俳優に代わり女優が演じるようになった。さらに18世紀を通して、女優が異性装をして‘breeches role’(半ズボン役)を演じ人気を博していた。
 このような女性の異性装に関する社会的・文化的な背景がある中、本発表はシャーロット・チャーク(1713-1760)に着目する。チャークは、当時著名な俳優兼脚本家のコリー・シバー(1671-1757)の末娘であり、彼女も父同様、舞台に立つことを生業としていた。チャークは舞台上でも私生活でも男装をしていたことで有名であり、自身の回想録『シャーロット・チャーク夫人の生涯の物語』は出版年に第2版が刊行される程の成功を収めた。本発表では、当回想録や当時の女性の異性装の言説を手掛かりに、チャークにとっての異性装の意味を明らかにしていきたい。

⑦独裁者をいかに描くか―ジョージ・スタイナーの小説における二つの演説―

奥畑 豊(日本女子大学准教授)

 アドルフ・ヒトラーやヨシフ・スターリンからポストコロニアル地域の軍人指導者に至る「独裁者」たちをフィクションの中でどのように描くべきかという難問について、これまで多くの創作者たちが頭を悩ませてきた。しかしながら、独裁者たちが現実世界に生きる脅威であり、実際に数えきれない人々を死に追いやり、弾圧してきたという事実を鑑みるならば、フィクションという枠組みの中で彼らを表象するに当たって一種の慎重な手続きが要求されることは言うまでもない。それは実在の指導者を作中に登場させたり、或いは間接的にモデルにしたりする独裁者小説においてはなおさらである。
 そこで本発表では、独裁者をフィクションの中で単に取るに足らない平凡な一個人として貶める「矮小化」の手法と、逆に彼らを比類なき巨悪の象徴(もしくはダーク・ヒーロー)とみなす「特権化」の手法に着目する。もちろんこれら両極端な方向性は一つの作品内に共存している場合も多いが、そこでは平凡さと異常さの間で引き裂かれた独裁者像がしばしば理解不能な巨大な謎として放置されている。それに対して、ユダヤ系批評家ジョージ・スタイナーによる小説『ヒトラーの弁明――サンクリストバルへのA・Hの移送』(The Portage to San Cristobal of A.H., 1981)は、独裁者を矮小化することと特権化することの両方が孕む問題点やジレンマそれ自体を物語化したテクストとして読むことができる。この小説はかつてヒトラーやホロコーストを矮小化する書物として糾弾されたが、実はそこには特権化の方法論も同じく織り込まれている。そこで本発表では、矮小化と特権化の両方の作用や限界について詳述した上で、スタイナーの小説に登場する二つの重要な演説に着目する。ここではこの二つの相反する演説が織りなすポリフォニックな響きを解き明かすことで、本作を新たな視点から読み直してみたい。


⑧ 『恋する女たち』におけるロレンスのひるみ―バーキンの特異なビジョンへの確信の欠如とその余波への対処策―

高畑 悠介(埼玉大学准教授)

 本発表は、D.H.ロレンスの『恋する女たち』の中核を成す男女の理想の結合についてのバーキンの特異な哲学的ビジョンに焦点を当て、その内実と作品内での位置づけについて新たな読みを提示するものである。「性愛の伝道者」ロレンスの文学的最高峰たる本作の中核に位置していながら、バーキンが当初唱える男女の理想的結合についての哲学が実質的にセックスを排除したものとなっているという驚くべき事実は、それと相反する記述が作中に多く現れていることも手伝い、ごく少数の批評家を除いてこれまで明確に認識されてこなかった。バーキンのこの当初の特異なビジョンこそがロレンスが本作で本来提示したかったものであると見た上で、本発表は、それがアーシュラからの修正的働きかけを受けて、肉体的性愛を通じた超越性の達成という、ロレンス文学の基準では月並みとも言い得るビジョンに退行していく様子を確認した上で、そのような本作の「ブレ」を、セックスを排除したバーキンの当初の特異な哲学的ビジョンの妥当性や説得性について確信を持ち切れなかった作者ロレンスの「ひるみ」がもたらしたものと解釈する。その上で、作品後半でバーキンの肉体的・性的なポテンシャルが幾分不自然な形で強調されている点や、第20章の柔道の場面でバーキンがジェラルドに対して男性として優位性を発揮する段取りがやはり不自然に組まれている点が、先述の作者の確信の欠如から来る「ブレ」によりキャラクターとしての強度を損なわれたバーキンへの一種の小説的補償行為として解釈できるということを論じる。さらに、ロレンス文学のバフチン的対話性の表れと通例みなされる、バーキンの思想が他キャラクターからの批判や嘲笑に頻繁に晒される本作の作りが、作者の余裕や懐の深さを示すものとしてではなく、むしろ、バーキンの型破りなビジョンの妥当性や説得性への確信を欠いていた作者が、読者からの批判や嘲笑、無理解の機先を制する目的でいわば防衛的に生み出したものとして理解し得ることを論じる。

⑨ロラン・バルトは作者に死を宣告したのか―現代テクスト理論の意義を再検討するための問い―

鳥飼 真人(高知県立大学准教授)

 ロラン・バルトの評論「作者の死」の最後の一文 “la naissance du lecteur doit se payer de la mort de l’Auteur” の邦訳「読者の誕生は、『作者』の死によってあがなわれなければならない」(花輪光訳)に基づけば、当該評論において「作者」はバルトによって死を宣告され、その代償として読者が誕生したという解釈を導くことが可能となる。現にこのような解釈を提示しているバルトの理論解説は日本において少なくない。しかし上の解釈では、「作者」という術語に対するバルトの考えを適切に理解することはできない。バルトが考える「作者」とは何かという問いに改めて向き合う際、我々は「作者の死」という彼独特の用語を、特に第二次大戦後の国際社会の動向と、それにともなって発展してきた文学批評との不可分な関係において捉える必要がある。この考えとともに明らかとなるのは、バルトが作者=支配/読者=被支配の構造を転覆しようと試みたわけではないこと、さらに言えば、「作者の死」という語によってバルトは、作者/読者の関係を相互排他的な「あれか/これか」の二項対立関係として捉えてすらいないということである。
 本発表では、上記の問題提起とともに、現代において読むことの重要性を明示する一つの有用な手段としての「作者の死」および「読者の誕生」に対するバルトの概念を改めて考え直す。さらにこの再考をもとにバルト特有の「作者の死」と不可分に関係する(これもまた彼独特の)「テクスト」の概念を捉えることによって、現代テクスト理論が単に旧来の文学批評を否定して「作者」という概念に死を宣告するための道具ではないことを改めて確認する。上記の作業を通じて、現代テクスト理論の出現が、旧来の価値観や常識が揺さぶられ解体される事態が次々と引き起こされる社会において必然的に起こった出来事であることを強調し、「読む」ことが人の生死にますます関わりを深める現代においてこそ「テクスト」の概念を適切に理解し考える必要があることを主張したい。

◇特別講演要旨
ミュージシャンを目指すある青年の苦悩―カズオ・イシグロの草稿調査から―

荘中 孝之(京都女子大学教授)

 カズオ・イシグロが若いころ、ミュージシャンを目指して作詞・作曲に励んでいたことはよく知られている。あるインタヴューでは、一番なりたかったのはシンガーソングライターで、なれなかったから作家になったと語っているほどである。しかしこれまでそのごく一部を除いて、彼が当時作った曲が公表されることはなかったため、この時期のイシグロの創作活動を本格的な考察の対象とする研究はなかった。しかし今我々が、テキサス大学オースティン校のハリー・ランサム・センターに収められた彼の膨大な創作ノートや草稿群の中に、若きイシグロが書いた歌詞の数々を発見する時、そこには一人の文学青年の苦闘ともいうべき生々しい姿が浮かび上がってくるのである。そしてイシグロ自身が、“I served my creative apprenticeship for writing through the form of songs”と語っているように、この時代は後年の作家イシグロを形成する非常に重要なものだったのである。それは両親に連れられて日本からイギリスに渡ってきた一人の少年が、ミュージシャンに憧れて英語で作詞・作曲を始め、苦悩し、挫折するという物語であり、そこからさらに模索しながら文芸創作の道へ分け入っていくという行路でもある。またそれは、一見難なくイギリス文壇に登場したようにも考えられてきたこの作家が、なるべくして作家になったと思わせるような、厳しい自己鍛錬の時間を打刻するものである。
 本講演では、今年の3月に同センターにて初期の資料を中心に調査を行った成果をもとに、イシグロが作詞から創作を始めたことの意味や、彼がボブ・ディランなどのミュージシャンから大きな影響を受けている点、さらに彼の宗教的側面、および故郷長崎や日本への思い、そして様々な文章修行の跡などを、イシグロ自身のインタヴューでの言葉や後の小説作品などを参照しながら、また実際の草稿やノートを示しつつ具体的に考察していきたい。


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